「取り調べの可視化」が何故、必要なのか
アジア記者クラブ(APC)主催のシンポジウム
『誰が検察の暴走を止めるのか 村木厚子氏の事件を徹底検証する』
が9月24日に行なわれた。
その動画が岩上安身氏のHPに載っている。
http://vimeo.com/15494262
そこで大阪高等検察庁元公安部長の三井環氏が語っている。
自分の勤務先を告発することほど検察に愛着を持っている証拠ではないか。
このような振る舞いをする三井氏には同感だ。
素晴らしい人を検察官に持っていたことは喜ぶべきことだ。
しかし、その真面目な検察官の行為を無にする上司がいる。
組織内では部下は上司の命令に背けない空気があるという。
分かっていても逆らえない。
この弱みに付け込んで税金を盗み取る。
みんながやっていることだから、仕方がない。
そんなふうに諦めてしまうことが罷り通ってしまった。
もう占めたものだ。
部下達は自分達には逆らえないと思い込んで悪さを続ける幹部達がいた。
これが諸悪の根源でなくて何であろうか。
検察庁の裏金問題を内部告発しようと思い、
三井氏は現職検察官としてインタビューに出かけた。
そして自宅を出たところで身内の検察から逮捕され有罪判決を受けた。
そして収監され刑期を全うした経験者だ。
その三井氏が検察内部の実態を暴露しているのだ。
検察はストーリーを描き、
そのストーリー通りに狙った者を逮捕していくという。
その検察の現実の姿を詳細に語っている。
これが事実なら本当に恐ろしく酷い検察である。
何時だったか検察に逮捕収監された者でないと分からないと
三井氏が語っていた。
普通の国民なら、検察の言いなりで泣き寝入りしてしまうというのだ。
こんな状態で放っておくことは許されないと言う意見と、
極悪人だってこの社会にはいるのだから、
そんな連中のためにも多少の拷問をする検察官もいないと
困るのではないかという意見もある。
しかし、其々自分の事として考えても見てほしいのだ。
憲法で保障された人権も踏みにじられるほど、
密室で拷問を受けたとしたら。
家族をはじめ、親戚一同、友人にまで迷惑がかかるぞ!・・・と、
そうなってもいいのか?!・・・と脅されて、外の世界から断絶されたとしたら、
相当な覚悟をした者でなければ検察官の描いたストーリーに落ちてしまう。
脅し抜かれて、独房を早く出たいという想いに駆られ、
検察官が作るデタラメな調書にでもサインしてしまう者が多いと言う。
こうなれば検察官の勝ちなのだという。
そして裁判になれば、検察と釣るんだ裁判官は取調べ調書を重要視して、
裁判所で訴える被疑者の言葉(陳述)は信用しないというのだ。
このように検察と裁判所による一方的な裁判になっているという。
(冤罪事件で逮捕された経験のある植草一秀氏や鈴木宗男氏も同様のことを言っている)
http://vimeo.com/15495225
ここで1つの推理小説(事件)が完成するのである。
このようなことをするために裁判官や検察官になったわけではあるまいが、
その検察官は一件落着して、実績を上げたことを評価され出世するというから不思議だ。
村木厚子さんが冤罪で逮捕され裁判に至った経過でも検察内部の状況が分かる。
政治家をターゲットにした重大事件に関しては、
検察官も自分の保身を考えて、
必ず上司に相談して捜査を進めていると言う。
村木厚子さんの事件でも最初は石井一氏を狙った事件だった。
しかし途中で石井氏までは行かないと分かった時点があったというのだ。
そこで事件を終わりにすればよかった事案だと三井氏は言う。
しかし、このように大きく報道してしまった事件を実は嘘だった。
間違いだった!・・・と言うことが出来ずに、
検察は面子を保つために事件を続行してしまったというのだ。
ここに大きな間違いを重ねてしまった原因があるという。
そのようにして大冤罪事件にしてしまったのであると。
結局、村木氏は冤罪による被害者(犠牲者)になった。
石井氏も事件に関わった者?・・・として報道され、
それなりに大きな損害を被ったであろう。
今後、その損害賠償問題なども発生する可能性だってある。
税金を使って捜査することも本当に大事なことだが、
当てにもならない者を狙い、
無理やりにターゲットとして追い落とさないで貰いたいものだ。
裏付けを取ってあるなら、
当然然るべき捜査をするのは当然だが、
小説家でもない検察が無理筋の事件を作ってはいけない。
手足を持たない検察というが、
だからと言ってマスコミにリークして、
極悪人にされた被疑者にとっては堪ったものではない。
ひとたび報道されると視聴者は、
そのまま信じてしまう人が多い。
状況も考えず、只映画でも観るように信じてしまうことが多いのも事実だ。
この無批判性を利用して、
国民をマインドコントロールするマスメディアの意向に引っかかる国民が悪いのだが、
このように恣意的に検察とマスコミが癒着した関係こそ、
断ち切らねばならない。
其々の機関が独立し、
そして公正・公平に物事を見て判断し、
事業展開してもらわないと、
国民の不満と社会の矛盾は無くならないであろう。
このような検察の無理筋の逮捕、冤罪事件を撲滅するためにも
「取り調べの可視化」が当然ながら必要に迫られていると思う。
何故、菅民主党政権は早く国会に「取り調べの全面可視化法案」を上げないのか。
早く上げるべきではないのか。
それとも「国民の生活が第一」を掲げて闘った国益を守る某氏を政界から葬って、
都合のいいときを見計らって上げると言うのだろうか。
そんなことでは政治主導など望んでも出来るはずがない。
『誰が検察の暴走を止めるのか 村木厚子氏の事件を徹底検証する』
が9月24日に行なわれた。
その動画が岩上安身氏のHPに載っている。
http://vimeo.com/15494262
そこで大阪高等検察庁元公安部長の三井環氏が語っている。
自分の勤務先を告発することほど検察に愛着を持っている証拠ではないか。
このような振る舞いをする三井氏には同感だ。
素晴らしい人を検察官に持っていたことは喜ぶべきことだ。
しかし、その真面目な検察官の行為を無にする上司がいる。
組織内では部下は上司の命令に背けない空気があるという。
分かっていても逆らえない。
この弱みに付け込んで税金を盗み取る。
みんながやっていることだから、仕方がない。
そんなふうに諦めてしまうことが罷り通ってしまった。
もう占めたものだ。
部下達は自分達には逆らえないと思い込んで悪さを続ける幹部達がいた。
これが諸悪の根源でなくて何であろうか。
検察庁の裏金問題を内部告発しようと思い、
三井氏は現職検察官としてインタビューに出かけた。
そして自宅を出たところで身内の検察から逮捕され有罪判決を受けた。
そして収監され刑期を全うした経験者だ。
その三井氏が検察内部の実態を暴露しているのだ。
検察はストーリーを描き、
そのストーリー通りに狙った者を逮捕していくという。
その検察の現実の姿を詳細に語っている。
これが事実なら本当に恐ろしく酷い検察である。
何時だったか検察に逮捕収監された者でないと分からないと
三井氏が語っていた。
普通の国民なら、検察の言いなりで泣き寝入りしてしまうというのだ。
こんな状態で放っておくことは許されないと言う意見と、
極悪人だってこの社会にはいるのだから、
そんな連中のためにも多少の拷問をする検察官もいないと
困るのではないかという意見もある。
しかし、其々自分の事として考えても見てほしいのだ。
憲法で保障された人権も踏みにじられるほど、
密室で拷問を受けたとしたら。
家族をはじめ、親戚一同、友人にまで迷惑がかかるぞ!・・・と、
そうなってもいいのか?!・・・と脅されて、外の世界から断絶されたとしたら、
相当な覚悟をした者でなければ検察官の描いたストーリーに落ちてしまう。
脅し抜かれて、独房を早く出たいという想いに駆られ、
検察官が作るデタラメな調書にでもサインしてしまう者が多いと言う。
こうなれば検察官の勝ちなのだという。
そして裁判になれば、検察と釣るんだ裁判官は取調べ調書を重要視して、
裁判所で訴える被疑者の言葉(陳述)は信用しないというのだ。
このように検察と裁判所による一方的な裁判になっているという。
(冤罪事件で逮捕された経験のある植草一秀氏や鈴木宗男氏も同様のことを言っている)
http://vimeo.com/15495225
ここで1つの推理小説(事件)が完成するのである。
このようなことをするために裁判官や検察官になったわけではあるまいが、
その検察官は一件落着して、実績を上げたことを評価され出世するというから不思議だ。
村木厚子さんが冤罪で逮捕され裁判に至った経過でも検察内部の状況が分かる。
政治家をターゲットにした重大事件に関しては、
検察官も自分の保身を考えて、
必ず上司に相談して捜査を進めていると言う。
村木厚子さんの事件でも最初は石井一氏を狙った事件だった。
しかし途中で石井氏までは行かないと分かった時点があったというのだ。
そこで事件を終わりにすればよかった事案だと三井氏は言う。
しかし、このように大きく報道してしまった事件を実は嘘だった。
間違いだった!・・・と言うことが出来ずに、
検察は面子を保つために事件を続行してしまったというのだ。
ここに大きな間違いを重ねてしまった原因があるという。
そのようにして大冤罪事件にしてしまったのであると。
結局、村木氏は冤罪による被害者(犠牲者)になった。
石井氏も事件に関わった者?・・・として報道され、
それなりに大きな損害を被ったであろう。
今後、その損害賠償問題なども発生する可能性だってある。
税金を使って捜査することも本当に大事なことだが、
当てにもならない者を狙い、
無理やりにターゲットとして追い落とさないで貰いたいものだ。
裏付けを取ってあるなら、
当然然るべき捜査をするのは当然だが、
小説家でもない検察が無理筋の事件を作ってはいけない。
手足を持たない検察というが、
だからと言ってマスコミにリークして、
極悪人にされた被疑者にとっては堪ったものではない。
ひとたび報道されると視聴者は、
そのまま信じてしまう人が多い。
状況も考えず、只映画でも観るように信じてしまうことが多いのも事実だ。
この無批判性を利用して、
国民をマインドコントロールするマスメディアの意向に引っかかる国民が悪いのだが、
このように恣意的に検察とマスコミが癒着した関係こそ、
断ち切らねばならない。
其々の機関が独立し、
そして公正・公平に物事を見て判断し、
事業展開してもらわないと、
国民の不満と社会の矛盾は無くならないであろう。
このような検察の無理筋の逮捕、冤罪事件を撲滅するためにも
「取り調べの可視化」が当然ながら必要に迫られていると思う。
何故、菅民主党政権は早く国会に「取り調べの全面可視化法案」を上げないのか。
早く上げるべきではないのか。
それとも「国民の生活が第一」を掲げて闘った国益を守る某氏を政界から葬って、
都合のいいときを見計らって上げると言うのだろうか。
そんなことでは政治主導など望んでも出来るはずがない。
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