10・4(土) 沖縄青年 知念優幸さんのメッセージを聞こう
「沖縄からの平和メッセージ」
-沖縄の青年の声を聞こう-
日時:10月4日(土) 午後2時から。
場所:日本キリスト教団 川口教会
〒332-0032 川口市中青木1-8-10 電話048-251-6039
参加費:無料
本土の人たちには、
沖縄基地が住民にどれほどの影響を与えているのか?
それがどれほど苦しいことなのか?
を、ある程度までは理解出来ても実感として、
身体で感じること難しいことではないでしょうか。
観光で沖縄に往くだけでも、
その実態の一部は知ることは出来ます。
しかし、本土に戻ると実感が薄れてしまい、
次第に遠い国のことのように忘れてしまうのかもしれません。
また、テレビ報道で沖縄のニュースを見ると、
沖縄は大変なことなのだと思い出すのです・・・。
このように日常を繰り返しいるのではないでしょうか?
一方、沖縄に生まれ沖縄に暮らしている、
沖縄の青年から、生の声を聞けば、恐らく同じ日本人として、
このまま放置しておくことは出来ないことだと思うのです。
そういう思いに駆られるに違いありません。
日本人は強い道徳観を持ち合わせた民族だと思うのです。
人間愛も強い民族だと理解しています。
勿論、このような人間としての基本的な感情は、
人類の基本的特徴だとは思いますが、
先の大戦後69年間も戦争を経験していない日本の現実を考えると、
他国よりは抜きん出て、優れた民族性が備わっていると思うのです。
それが今、集団的自衛権行使容認の閣議決定した安倍政権により、
この平和国家が台無しにされるのではないか?・・・と心配が絶えません。
このように沖縄基地問題は、
沖縄に限った問題ではないのです。
沖縄青年の声を聞き、行動するもよし、声を伝えるもよし。
いま、サスティナブル社会云々と言われておりますが、
人間として生まれた私たちは健康で適度に豊かに、
かつ長く生きられることを望んでいると思います。
それには戦争を絶対にしない、させない社会にすることが必要です。
それが実現すれば、人間が健康で長く生きられます。
軍事力に使うカネを減らし、民生費にその分を回すことです。
災害救助、・平和活動に使えばいいのです。
このように平和国家を持続することは、
本当に大事な価値あることなのです。
ぜひ沖縄の青年の声を聞きましょう!
(チラシ)

この記事へのコメント
山形県にある日本古来古武術空手道場和道流「崇武館(そうぶかん)」館長飛鳥宗一郎老師がHP内ワンポイントレッスンで日本古来忘己利他菩薩武士道の鑑碩徳上杉鷹山公について修身の奥義に触れてその真髄を説き明かしてくださっています。
1.15歳襲封のとき
『受けつぎて 国のつかさ(司)の身となれば 忘るまじきは民の父母』
http://homepage2.nifty.com/sohbukan_karatedo/lesson/lesson2013/lesson201301.pdf
2.35歳隠退のとき「人君の心得三箇条」(伝国の辞)
一、国家は先祖より子孫へ伝候国家にして、我私すべき物には無之候。
一、人民は国家に属したる人民にして、我私すべき物には無之候。
一、国家人民の為に立たる君にして、君の為に立たる国家人民には無之候。
右三箇条遺念有間敷候事
http://homepage2.nifty.com/sohbukan_karatedo/lesson/lesson2013/lesson201302.pdf
大和魂大和民族常民にとって飛鳥老師のワンポイントレッスンは上杉鷹山公のページばかりでなくすべてのページが必読と思います。
http://homepage2.nifty.com/sohbukan_karatedo/
別途述べた上杉鷹山公が隠居後に江戸屋敷の新しい藩主に嫁ぐことになった孫娘(参姫二十歳)に藩主の妻たるべきものの心得を懇切丁寧に説いて手紙にしたためました。「上杉鷹山に学ぶ」鈴村進著(三笠書房)から著者による現代語訳文を長文乍ら全文転載します。
「人は三つのことによって、成育するものである。父母によって生まれ、師によって教えられ、君によって養われるのである。これはすべて深い恩なのだが、その中で最も深く尊いのは父母の恩である。これは山よりも高く、海よりも深いものであって、これに報いることはとてもできないが、せめてその万分の一だけでもと、心の及ぶだけ、力の届くだけを尽くし、努めることを孝行という。
その仕方にはいろいろあるが、結局は、この身が天地の間に生まれたのは父母の高恩であり、この身は父母の遺体であることを常に忘れず、真実より父母をいとおしみ、大切にする心に少しの偽りもないことが、その根本である。ここに誠実さがあれば実際に多少の手違いがあっても、心が届かぬということはないものである。このことは、自分は徳がないからとても行き届きません、と遠慮すべきではない。その気になって、できる限りのことを十分に努めるべきである。そうしておれば、やがては徳も進み、相手に心が達するものである。あらん限りの力をもって尽くされたい。
普通に考えれば、婦人は政治には関係がないと思われるであろうが、政治の本は一家の中から起こることであり、身を治め徳を積み、夫は妻の天であってこの天にそむいてはならない。これを常に心に銘記して恭敬を忘れず、夫に従順であれば、やがては政事を輔(たす)けることとなるものである。
あなたはまだ稚(おさな)いので、人々から程遠い奥向きで徳を積んでみても、その影響が一国に及ぶはずがないと思われるであろう。しかし、感通とは妙なもので、人に知られず身を修めていると、いつかはそれが知られて、効果が大いに表われることは疑いのないところである。『鶴九皐に泣いて声天に聞こゆ(かく、きゅうこうにないて、せい、てんにきこゆ ・・・鶴は奥深い谷底で鳴いても、その気品ある泣き声は天に届く。つまり優れた人物はどこに身を隠しても、その名声は自然に広く世間に知れ渡るというたとえ)』と詩経に書かれているのはこのことである。奥向きで正しく徳のある行いをしておれば、一国の賢夫人と仰がれるようになる。そうなれば、あなたの行いによって人々が感化されないはずがない。誠があれば、それは決して隠れたままにはならない。ひたすら努めに努められよ。
くれぐれも両親へ孝養を尽くし、その心を安んじるとともに、夫に対しては従順であり、貞静の徳を積み、夫婦睦まじく、家を繁栄させて、わが国の賢夫人と仰がれるようになってもらいたい。出発に際して、末永く祝うとともに、婦徳を望む祖父の心中を汲み取られよ。他へこそ行かないが、今日より後、いつ会えるかわからないので、名残り惜しく思う。
武蔵野の江戸なる館へ赴きたまうはなむけに
春を得て花すり衣(ごろも)重ぬとも わが故郷(ふるさと)の寒さ忘るな はる憲」